連立の命(れんりのいのち)
第1章 プロローグ
その日の空は、灰色の絵の具で塗りつぶしたような雲に蓋をされ、太陽がいつ戻ってくるのか心配になるほど暗かった。
雅治は、その灰色の雲の蓋を吹き飛ばす様に「神はサイコロを振らない」と言うEinsteinの言葉を、まるで呪文のように繰り返していた。
ガチャッ!スー…… ガチャッ!
その音は、やっと平常心を取り戻しかけた雅治の心を徐々に高ぶらせ、恐怖心を募らせた。
パニックに陥りそうな心を抱え、雅治は何かにすがる様な思いで辺りを見回した。
そこには人が居た……。
深いみどりいの帽子とガウンに身を包んだ男が、傍の器械と真剣に向き合い、雅治の左側に座っていた。
その男の目は、雅治をチラッと捉えるが、また直ぐに器械のダイアルに戻って行く。
一瞬だけ自分に送られてくるその眼差しが、雅治には何故か優しく感じられた。
そして、ほんの少しの間だけ、その優しい眼差しを自分に送り続けて欲しいと願っていた。
(このまま二度とこの世界に戻ってくる事は出来ないかもしれない。せめて、今ここに自分が存在する事を確かめてみたい)
雅治は、そう思った。
自分の身体は首から下に存在しているのだろうか。そっと覗いて見た。
何故そんな事で自分の存在を確かめようとしているのか。自分で自分が可笑しかった。
しかし、それさえも無理である事に気付いた次の瞬間、雅治は愕然となった。
あの男のガウンと同色のシーツが大きな壁となり、雅治の首から下に立ちはだかっていた。その壁のせいで、雅治はもはや自分の首から下を確認する事すら出来なくなっていた。
(もう逃げられない)
そう思った瞬間、その男が口を開いた。
「雅治君。ずっと私が傍についているから、心配はいらないよ。安心しなさい」
その男が自分の名前を呼んでくれた事に、雅治は不思議な安堵感を覚えた。
そして、ゆっくり頷いた。
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