DEAREST
第6章 THURSDAY
静かに、唯ひたすら静かに。
しかし力強く染み渡るような声が暗闇の中に消える。
ラトは自分の子供じみた八つ当たりにうんざりしながらも、この訳の分からない感情をぶつけずにはいられなかった。
ジャラリ…という音とともに檻の中の空気が揺れる。
金属音を立てながら、膝立ちになっていたラトの前に何かが近づく気配がした。
不意に、鉄格子を掴んでいたラトの両手を冷たいものが包み込む。
それはシルエの手だった。
まるで氷のようなその手は少し荒れていたが柔らかく、ラトの心にじんわりと何かを伝える。
「…ど…して…」
自分を労るようなシルエの仕草に震える声で問う。
「…どうしてそんなに優しい?」
「…。」
シルエは答えない。
少し困ったような笑みを浮かべながら震える手を見つめている。
「お前は…お前は俺が憎くないのか?…人間が憎くないのか?」
少し掠れた声で紡がれた言葉にシルエは小さく息を吐いた。
「…何故、私がお前を憎まなければならない?」
「何でって…俺は人間だ……残酷で…卑怯な…」
「お前は私の身内を無意味に殺したこともないし、危害を加えたこともない。」
言葉を詰まらせた青年の手をそっと握りしめながらシルエは続けた。
「お前が人間だからか?…そう思っているなら、今すぐ考えを捨てろ」
「でもっ…」
「そもそも、種族に何の意味がある?確かに外見や能力は変わるかもしれない。だがそれだけだ。」
そんなものが個々の命の善悪が左右できるはずがない、と。
僅かに見える紫の瞳を細めて、シルエが呟く。
いつの間にか雪も止み、少しずつではあるが戻り始めた月の光が二人の視界を回復させていた。
風に流された雲が幾つもの影をつくりながら闇夜を照らすべく顔を出した月光に道を譲る。
淡い光が二人を包む中、ラトの頬を一筋の涙が伝った。
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