DEAREST
第7章 FRYDAY
静かに流れるカーテンの隙間から清々しい空気が流れ込む。
昨日の雪が嘘のように晴れ渡った青空に小鳥たちが歌うように囀っていた。
その朝の空気に未だ布団の中に身を沈めたままの青年が、ようやく意識を浮上させる。
昨日まで暗く沈んでいた青年の表情は、今朝のこの青空のように輝いていた。
昨夜シルエがいってくれた言葉は、ラトの心の陰りを殆ど取り去ってくれた。
誰かのまえで泣いたのはもう記憶の薄れた幼き日以来で、今考えるととても恥ずかしく思えるがあれはあれで良かったと思う。
彼女が黙って全てを受け止めてくれたから、自分はあれ以上迷わずに済んだのだ。
ラトの中でまた少しシルエの存在が大きくなった。
変化があったのはラトだけではなかった。
相変わらず独房は寒いが、それでもシルエの心の孤独は薄れたように思われた。
歳の割に幼く、真っ直ぐなラトの存在は、死を見つめるだけだったシルエの心に誰かを想う温もりを思い出させてくれる。
彼の声を聞くだけで笑みが浮かんだ。
たとえどんなに身体が凍えても、心に温もりを感じることができた。
これでもシルエは百を優に超える年月を生きてきた吸血族である。この感情が何なのかすぐに気付くことができた。
しかし気付くと同時に言いようもない暗い感情が彼女を襲う。
死への恐怖と生への未練である。
どうしてこんな時に、最後の最後になって気付くのか。
いっそ気付かぬまま逝ったほうがどんなに楽だったろう?
何度も自分の運命を呪ったが、あのときの選択をもう一度迫られれば、自分は間違いなく同じ道を選んだだろう。
弟たちを庇い、囮となる道を。
そう、これは己が選んだ運命。
この先に待っているのは死だけだ。
そんな状況で誰かを愛するなんてどうしてできようか。
いっそラトがもう此処へ来なければ、自分のことなど忘れてしまえば…と。
今日を合わせて後三日という限りのついた己の生に、彼女はそう願うしかなかった。
しかしシルエの願いも空しく、今夜もまた昨日と変わらぬ、否、昨日までとは全く違う吹っ切れたような青年の声が彼女の独房に響くのだった。
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