サイド イフェクツ-薬の鎖-
第10章 DATA10 赤面、そして沈鬱―元モデルの告白―
「今はどんな職業をなされているのですか」
「………あっ、……えっと……去年の夏まではモデルを、…モデルをやってたんですけれど、……こんな、こんな感じで長く務まらなくて……それで、………今は何も………」
若く優婉なオーラも匂わせている彼女は、声を出して話し出しそうとする度に顔は火照ったように赤くなった。ぎこちない歯切れを振り切るように息遣いを些か荒くしながら、医師の返事にはきちんと答えなきゃと自覚していたのだろう。声を発するたび、小刻みに頷くような科{しぐさ}が痛いほどに伝わってきた。
―症状が現れるまでの経緯―
このあどけなくどこか頼りない平幡苺夏{まいか}という女、地元の高校卒業後は五年間アパレル関係の店で働いていたが、二十三歳の夏、都内の原宿に友達と遊びに行った時に偶々{たまたま}茶髪のけばけばしい形{なり}をした男にスカウトされたのがきっかけで、その年の秋、某モデル事務所所属のファッションモデルとしてデビューすることになったのであった。幼少の砌{みぎり}からずっと慣れ親しんだゆったりと時間が過ぎてゆく田舎街を離れ、気がつけば苺夏は、アスファルトのジャングルに限りなく覆われ、日々駆ける兎のように目まぐるしく過ぎてゆく慌ただしい殺伐とした人込みの雑踏の中に身を投じていた。巨大な駅ビルの中では、高級そうなオメガの腕時計をちらちらと忙{せわ}しそうに気にしながら出口へと疾走してゆくサラリーマン達、同じくお高いエルメスのバッグを悠々と抱え、ポーカーフェイスで闊歩してゆく何人ものOL、異邦人のように銀色に染めた長い髪を時々片手で弄りながら、ダラダラと固まりながらベチャクチャ喋って歩いている女子高生の群れ、ワインレッドのブラウスで身をスマートに着飾り、大きな鍔が特徴の洗練されたノエルの帽子を洒落たように被っている幾人かの婦人、西洋人のように長身で、ローデンストックの知的な雰囲気を醸し出している老眼鏡をかけた老翁…。何もかもが苺夏にとっては真新しく、初めのうちは、早朝に踏みしめて歩く新緑の散歩道のようにさえ生き生きと感じられた。
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