サイド イフェクツ-薬の鎖-
第1章 DATA1 播野医師
「まったく。あの女もあれなんかに堕ちてなきゃな。今頃は…」
再び一人になった診察室で、そう播野は俯きながら気にかけるように呟いた。もう己の他に誰もいない。細々と今日訪れた、特に新規で来た患者のデータを改めて見直してみる。
「金原、安崎、富谷、伊藤、呉、中畑。六人か。みんなそれぞれ事情は異なるものの、共通していえる事は鬱病の要素を多分に含んでいるという事だ。夜眠りに就きにくいというのが、富谷さんだっけ。」
「……フッ……………」
(まぁいい。どうせ、…………………………いつもと変わりない毎日が過ぎてゆくだけさ)
顔は年齢のせいか、黄ばんで所々にシミができ窶れた表情をしてはいるものの、ぱっと見律儀そうな紳士の風貌をしたこの医師は、ニヤッと意味深な薄嗤いを口元に浮かばせ、すぐ傍に置いてある煙草をそっと引き寄せた。そしてそれを箱の中から潔く舌に忍ばせ、先程とは違った悠長な面持ちで紫煙を燻らした。
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「フッ、こいつもあの女が振り回されたやつと同じ類だな……。」
「…………あぁ、もうこんな時間か。さぁて、おしまいにしようか。薄弱な者の事は一時忘れて……………」
播野は、欠伸(あくび)をしながら両腕を上に反らせて大きく背伸びをした。時計の針は八時をさしていた。
「よしっ」
少し乱暴に今腰掛けていた開店椅子を机に片付けると、来ていた白衣を素早くハンガーに掛け、灰色のスーツに再び着替え直した。そして、幾らかの書類やファイルを入れた大きなビジネスバッグを片手に持ち、自分以外誰もいない病院を後にした。
「ふぁ~眠い…」
翌朝、播野は午前七時過ぎ、いつものように自分が開いている医院へと向かう。毎日彼は、自宅と其処とをタクシーを使って勤務している。一等地の優に百坪は超える邸宅から往復二万円にもなるのであるが、年収一千万を超える彼の金銭感覚からでは言うまでもなくちょろいものであった。
「昨日は少し買い過ぎたかなぁ。さすがにマクドのバリューセット三つにシェイク二つは。はぁ~」
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