サイド イフェクツ-薬の鎖-
第12章 DATA12 困惑―元モデルの苦悩―
(何をいまさら…………)
(何を………何を期待してたんだ、…………俺は………)
応診にとってはどうでもいい私的な感情が、彼の怜悧な頭脳を擽{くすぐ}るように蝕{むしば}んだ。
「大脳皮質のシナプスが上手く興奮を抑えきれてないのかもしれん」
と、播野は弁解めかしく鼻の下辺りを片手で擦る仕草をしながら精神科医らしい皮肉をひとりごちた。むしろ、ほんの僅かでも別の情念が先の短い十五分の中で掻き立てられたら、それこそ静思黙考して問診どころではなかったにちがいない。歳を増しても常に紳士的な態度でいたいという想いの彼にとっては、詰まらぬ雑念に掻き乱されることがいつも苦痛となるのだ。
(まあ、……俺も白衣をいっちょうまえに羽織っている前に、…………)
一人の人間なのだから、とまでは出て来なかったが、そういうありふれた諦め
の気持ちがいつもなんとか自制心の役割を果たしてくれていた。
(……あーもう、じれったい!)
播野は頭をぐるぐると意味もなく回し、みずからの不甲斐なさを今すぐにでも追い払おうとした。
(……気にしなくなるほうがおかしいのか………)
心残りなのは、彼女の胸中を深く夜霧のように覆っている強い不安を微塵も取り除いてやれなかった事であった。真面目いっぽうで言葉足らずな一面も多分にあわせ持つおのれの性質に、つくづく頼りなさを感じてしまう。人のために尽くそうと、昼夜を通して精神医学領域の勉学に五十を超えたベテランになっても骨を惜しまない毎日を送っているが、時にこのような一本気な側面が融通の利かぬ堅物な男として見られてしまっているかもしれないと思うと、おのずと肩身が狭くなるのであった。
「外出する時にはサングラスを掛けたほうが良いと、何故たった一言だけでも添えてあげられなかった?」
「効果は誰しも表れるわけじゃないと、心の何処かにあきらめの気持ちがあったからか………」
「いや、それだけじゃないはずだ…………」
129