サイド イフェクツ-薬の鎖-
第12章 DATA12 困惑―元モデルの苦悩―
それは、[パニック障害との併発患者リスト一覧]という名のもので、ずらりと載っている各様なクライアント達の発症例を、某{なにがし}かに憑りつかれたかのようにマウスを使って画面を下にスクロールしながら、せわしく眼でそれらを追っていった。ずっと下までひと通り見終えてから、また上へと戻しながら詳{つまび}らかに、各々の患者が疾患を惹起するまでに日常で嘗めてしまった体験の一つ一つを食い入るようにして見つめてゆく。
(生を断ち切られるかもしれないという、そこまでおおげさに感じるクライアントは、九割方はいない事がわかるな………)
(………それでもまぁ、私が担当した者の中には、運悪く“仕切り”を飛び越えてしまったのも何人かいるが…………)
いま医師が注視している『パニック障害』が“死に対する恐怖”であり、場所や時間に関係なく発作的に症状が現れるのに対し、今回の患者において赤面症とともに強く疑われる『社会恐怖』は“人や社会に対する恐怖”であり特定の場面で症状が現れるところ等に違いがある。
(平幡という娘の場合も、恐怖症性不安障害の中の疾患が二つ三つ混合しているな………)
(疑問を投げ掛けるとすれば、撮影時以外になぜ見知らぬ男とぱっと顔が合っただけで顔が赤面してしまうかだが、………そこまでは、こんな眼の前の話っぷりじゃ尋ねても………)
焦れったいだけさ、とでも言わんばかりに亦{また}、気疲れともアキラメともつかぬ淡い溜息を洩らした。
「道で全く面識のない男の人と偶然に顔が合ってしまって、という事ですか」
「………はい…………」
「なるほど」
「それはまた、大変な思いをしましたね」
播野は、うまく気遣いの心を装い、物腰柔らかい口調で慰めるようにして言った。
(見ず知らずの男の顔を一瞥するだけで顔が赤くなるのは、間違いなく過去に恥ずかしくなるような何かがあったにちがいない…………)
彼は、昨年までモデルをしていたという若い女患者の過去の闇に索漠とした表情で馳せ始めた。
(………………)
(………いかん、いかん)
(今は診察の時間じゃないか。憶測に耽るのはクライアントがこの部屋を後にしてからでも遅くはないさ……)
これまた播野の悪い癖で、日頃冷静な自分を意識しつつも、ついそれとは裏腹に、思考はどこかかなたへと飛んでいってしまいそうになる。
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