サイド イフェクツ-薬の鎖-
第12章 DATA12 困惑―元モデルの苦悩―
(……まぁ、私にも…………)
(アレが有るじゃないか…………)
(彼らとは立場が真逆なんだし、………少しは辛抱しなくては…………)
「戻ってきて、…………戻ってきてからも、………同じように、…………顔が赤くなりました…………」
止まりかけていた歯がゆい時間を打ち破るように、クライアントとなるであろう若い女の患者は曖昧な語感を含んだまま医師に打ち明けた。やっとの想いで口を切ったせいか、再び顔がみるみると紅潮してゆく様子が見て取れた。
「こちらにまた戻って来られてからも、幾度か同じように頬に表れたというわけですか?」
「…………ぁ、…………はぃ」
「それは、どんな状況の時でしたか」
播野は平静さを取り戻し、クライアントの陥っている赤面症とやらが健常者と比べどの程度まで進行しているのか、起臥にどれだけ皹{ひび}を与えているのかが知りたくて、さらに一歩踏み込んだ問いを投げ掛けた。
「…………そ、…………それは…………ぇえと、……………」
(駄目だな……)
(思考も混乱しているせいか、舌縺{もつ}れしているように上手くモノを言えないでいる……)
痩躯の医師の顔は困惑とも憐憫ともつかぬ色に変わり、彼女の顔をじっと窺いながら
「ゆっくりと話してくれていいですからね」
と、なだめるように優しく一言添えてやった。しかしそうは言われても、当の本人は余計に焦りを感じたみたくまごついた表情のまま顔を微かに動かしただけで言葉にするのを躊躇{ためら}っている様子であった。それでもなんとか、強い不安に負けまいと歯を食いしばりながらも、
「…………お、………男の人と…………道で擦れ違った時…………」
と、両眼をぴくぴくとしばたたかせながら噤{つぐ}んでいた重い口をやっとの思いで開いたのだった。こんな状態でも若い女が理解{わか}りやすく返答してくれるのを、眼をあまり患者の方へ向けないまでもひそかに期待している播野は、疲れとも呆れともつかぬ吐息を僅かに洩らした。そしてまた、考えあぐねるようにやおら腕組みをして
(歩いてて、男と擦れ違った時…………?)
(…………ぅむ……………)
訝{いぶか}しそうな眼をして、播野は右手で素早くマウスを動かし別のファイルを開き出した。
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