サイド イフェクツ-薬の鎖-
第12章 DATA12 困惑―元モデルの苦悩―
医師は少しばかり首をかしげるような素振りをすると、
「それ以外の場面ではどうでしたか」
と、闃{しずか}に探るような眼つきで口重でいる患者のほうを見遣りながら沈着な物言いで訊{き}いてみた。
「………そ、…………それ以外………ですよね…………?」
「ええ。撮影に支障が生じた以外に頬がぽおっと熱くなった、なんて事はありませんでしたか」
「………ぇ、………ええ…………」
「あったんですか!」
(………本当にまどろっこしい女だな。もう少し普通に喋れないのか………)
二十歳過ぎだが未だ幼くも感じられる顔貌{かお}をした患者のあまりにも遅々としたテンポの話し振りに、流石{さすが}の播野も苛立ちを表情{かお}に隠せず荒っぽい口調になってしまった。なってしまったくせに、眉間に皴{しわ}を寄せ、顰{しか}めっ面で彼女の方を瞥見した自分が急に情けなくも思えてきた。
(仕方ないさ……………)
(俺だって、いちおう精神科医だが、……………)
(だが、俺だって皆と同じ……………)
(つまらぬ一介の人間なのだよ)
心の悩める人々を救うことのできる、救う資格の有る一医師である前に、自分だって此処へ診察に訪れる多数の患者達や毎度飽きるくらい顔を合わせなければならない受付の女等と同じく、様々な哀楽を共有し多様な心情が交錯している俗世間の芥{あくた}の中にうもれる一人の人間なんだと、彼はそう言いたかったに違いない。医師として二十年以上もの歳月を閲{けみ}してきたが、この誰にでも沸き起こってくる怒りや焦りというものが、元来、実は些細な事にも気分を左右されてしまう彼の脳裏に、時に厄介な感情以上のある想念を植え付けようとする。
人の疝気{せんき}を頭痛に病むというのか、精神科医であれば職務上多少なりとも致し方ないのかもしれないが、日常の冷静な態度からは思いのほか、あれこれと取るに足らない茶飯事でも憂慮してしまう性質であり、その度に医師は大衆には他言出来ない表裏ある人格を自身の中で造っていってしまうのであった。
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