サイド イフェクツ-薬の鎖-
第12章 DATA12 困惑―元モデルの苦悩―
「………ど、どうして?…………」
「はい。顔が赤くなってしまうとわかっていながら、なぜ、人前で常に姿を見られてしまうだろうモデルという道を選択したのですか、と聞いているんです」
「………………」
露ばかり顔の赤らみは薄らいだようであったが、女は黙座したまま首を微かに横に動かした。
「……えっ、………首を水平に振られたっていう事は、本心からではないのですか?」
医師は、彼女の激しい動揺を示した瞳孔や沈鬱とした表情にいてのその微妙な変化、悲哀を帯びたような弱々しい声色などから察したのか、まるで患者の過去を瞬時に見透かしたような物言いで押してきた。いや、すでに彼は、若い女にこうして逐一質問している最中ですでに感づいていたのかもしれない。
「…………はぃ。…………たまたま都内へ、………友達と遊びに、………行った時に………そこで…………スカウト、…………されてしまったんです」
「なるほど、自らの意志で直接]じか}に応募されたわけではないんですね」
「………はぃ、…でも最後行こうかなと決めたのはわたしなんですけれど……………」
「そうですか………」
播野は、クライアントが口にした片言隻句を、恰{あたか}も微塵も誤謬{ごびゅう}をおかすまいとでもするかのように、キーボードを規則正しくカタカタと叩いては一文字一文字をパソコンへと入力としていった。
「それで、実際に顔が赤らんでしまったのはいつぐらいからですか」
「………ぇえと、…………モデルを、…………モデルをやって、…………いた時です」
「モデルをやっていた時……ですか」
「もう少し具体的におっしゃっていただけますか」
「だから…………お、屋内で………さ、撮影………している……途中で、……です………」
「なるほど」
播野は、患者の相変わらず途切れ途切れと話す声の一部分に、わずかに震えが起きたのを感じ取ったほか、頬の赤らみは若干引いてきたものの汗のじわじわと流れた痕が蟀谷{こめかみ}のあたりまで薄く耿{ひか}って残っているのに気がついた。
(人前で赤面する、声が震える、汗が出る………)
(社会恐怖によく現れる症状だ………)
(撮影の最中だけ顔が赤くなってしまうのだろうか?)
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