歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
香至王の死と共に菩提多羅は
出家し、ブラジニャーターラ
の弟子となった。457年は
宋の孝武帝の大明元年。彼女
は菩提多羅にボーディダルマ
の名を与え

「心地、諸種を生ず。事によっ
てまた理を生ず。果満ちて
菩提円なり。華開いて世界
起こる」

という偶を与えて法を継がせた。
ダルマとは本性のこと。火の
ダルマは熱い。氷のダルマは
冷たい。では人間のダルマは?

「無自己・静寂・慈愛」である。

インド禅28祖のボーディ
ダルマ(菩提達磨)は、法を東に
広めなさいというブラジニャー
ターラの命に従って、海路中国
に渡った。広州に着いたのは
520年(梁の普通元年・527
年など諸説あり)9月21日の
事だった。

中国南北朝の時代。6世紀前半
の華南は502年に武帝が建国
した梁が優勢だった。武帝は
范雲・沈約の2人を宰相に登用
して国政を委ね、有能な官吏・
学識者を求めて文化国家建設を
目指した。儒学や史学などの
学問を奨励した。梁書本記には
「天情鋭敏にして筆を下せば章
を成し」と、その文才を称えて
いる。賢帝と言える。

また武帝は、自らを「三宝
(仏法僧)の奴(やっこ)」と称
するほど熱心に仏教に帰依し、
女色を遠ざけ菜食主義を実行し、
普段から法衣を着て経を唱えて
いた。武帝は南天竺から高僧
が来たと知り、早速ボーディ
ダルマと対面した。
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