歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 人の美意識や価値観は一様ではない。
闘茶などという婆佐羅な茶など下品
だと、苦々しく思う者がいても不思議
ではない。その代表的人物が、村田珠光
(じゅこう)である。彼についての正確
な資料は伝わっていない。江戸期に
成立した「本朝茶祖珠光伝」によると、
珠光は和州南都(奈良市)中ノ御門に、
1422(応永29)年頃、村田杢市検校
(もくいちけんぎょう)の子として
生まれたとある。11歳の時、興福寺
配下のしょうみょう称名寺に入り出家
する。だが20歳の頃、出家生活が嫌
になり漂泊の身となり、30歳頃禅僧
となり京・大徳寺の真珠庵に住すとある。

 大徳寺と言えば臨済禅の総本山であり、
真珠庵には一休宗純(1394~1482)
が住していた。「わび茶」は一休の禅風
より興ったと言える。婆佐羅な茶に
対しては、一休の狂雲であろう。わび茶
とは、無一物中無尽蔵という禅の境涯に
通じている。

 村田珠光の弟子に、泉州・堺の豪商・
武野紹鴎(じょうおう)がいた。彼は和歌
や連歌にも通じた教養人で、ここから
今井宗久・宗薫、津田宗達・宗及、
千利休といった堺の商人、細川幽齋や
佐久間信盛といった武士が、「わび茶」
の弟子となっていった。

 今井宗久とは、武野紹鴎の女婿で、鉄砲
と火薬を商って巨利を得る。織田信長の
台頭を背景にして、堺町衆を束ねる地位
に就く。千利休も、信長に認められた
茶人の1人だった。
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