歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 大唐の国僧・恵果(746~805)
は門弟1千人。不空に師事して真言
密教7祖となり、金剛界と胎蔵界
両部の大法を一身にした、唯一の
正統継承者だった。その恵果が、
自国の門弟をさし置いて、空海に
対し「君を待っていた」と言い、
自らの持てる全てを「瓶から瓶へ
一滴残さず水を移しかえてしまう
ように」空海に与えてしまうので
ある。受け取った空海も「金胎不二」
と、金剛界と胎蔵界という対照的な
世界は2つにして1つなんだなと、
丸めて呑み込んでしまうのだから
すごい。

 一方の最澄は、明州から天台山へ
行き、天台宗の教典を写経させた。
竜興寺の順暁に会い密教を伝授
されるのだが、それは金剛界と
胎蔵界の区別もつかない程粗雑な
ものでしかなかった。帰国後最澄は、
自ら得たものが雑密の断片にすぎ
なかった事に気づくのである。

 さて、風信帖の書かれた812
(弘仁3)年という年は、桓武天皇
崩御の6年後。嵯峨天皇即位後
3年目という年にあたる。最澄は
空海に対し「下僧」とへりくだり、
密教関係の書物を借り受けている。
往来は7年間続く。空海は嵯峨天皇
に信頼され、最澄の密教が通じない
事も知られ、現世的な立場も逆転し
始めるのである。

 だがやがて、空海の堪忍袋の緒が
切れる。理趣経を借りたいという
最澄の申し出に対して、空海は
絶縁状という形で申し出を断るの
である。そもそも密教とは知的な
学問体系などではない。たとえば
水泳とは何かを理解する為に、
泳ぎ方の技術書を100冊読んだと
しよう。それで自らが泳ぎの達人に
なる事はない。密教も同様で、経典
を読んで知識だけ増えても、自らが
無我の大我(遮那の三密)であると
いう宇宙認識を理解出来るものでは
ないのだと、空海は言いたいので
ある。
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