歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
○空海「風信帖」



 「弘法筆を選ばず」とか、「弘法
も筆の誤り」などと諺に語られる
平安時代の僧・弘法大師空海は、
書の名人でもあった。京都・東寺
(教王護国寺)所蔵の「風信帖
(ふうしんじょう)」などの真筆が
今に残っている。

 本場中国で書の名人と言えば、
書聖と仰がれた東晋の王義之
(おうぎし・307~365)
が、古今を通じてトップクラスに
ある。行書と草書を完成させた人
で、書風を何かに例えるならば、
新潟県魚沼産のこしひかりを
カマドで炊いたような、オーソ
ドクスで絶品の「銀シャリ」
と言ったところだろうか。

 王義之から400年後の唐代
に、銀シャリの上に新鮮なウニ
やイクラをたっぷり盛ったような、
野趣溢れる書風の人物が出た。
玄宗帝(在位712~756)に
仕えた軍人で、名を顔真卿
(がんしんけい)と言う。

 玄宗帝と言えば、楊貴妃を溺愛
した羨ましい人物である。ただ
楊氏一族を要職に登用し過ぎた為、
安禄山の叛乱を招いたとも言われる。
顔真卿は、その叛乱軍鎮圧の軍団長
だった。現在の北京辺りで挙兵した
15万の叛乱軍は、洛陽と長安へ進撃。
玄宗は蜀(四川省)の成都へ逃亡する。
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