歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 ニコバル諸島からスマトラ島までは、
約10日あまり。ここで50日分の
食糧と水を補充して、華南の貿易港・
広州を目指す。全行程およそ3ヶ月
の船旅という事になる。法顕伝には
嵐の記述もあるが、船自体に損傷は
ない。後に日本から派遣される遣唐船
の多くが、嵐に遭い船もろとも海中
に没するが、それに比べると船の
安全性は高かったのだろう。長い
外洋航海の伝統が、その背景にある。

 般若の時代は、法顕の時代から
370年も経っている。多少の
リスクはあったにせよ、比較的安全
な航海だったと思われる。広州に
たどり着いた時の般若の衣服は
ボロボロで、乞食と見分けが
つかなかったという。

 般若は広州から、唐の首都・長安
に向かった。当時の長安は世界有数
の国際都市で、徳宗帝時代の唐文化が
今を盛りと咲き誇っていた。徳宗帝は、
乞食のような風体のインド僧。般若を
国師待遇の礼で遇した。

 般若はまず、異国の言語や風俗・
習慣に慣れ親しんだ後、仏典の翻訳
事業に参加した。当時仏典の翻訳と
いうのは、国家的プロジェクト事業
であり、勅命によって行われていた。
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