歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第1章 海と潮流の章(星と海はロマンと伝説の宝庫)
 日本列島はフィリピン沖から台湾、
種子島から紀伊半島を経て三陸沖に
至る黒潮と、長崎沖から日本海を
北上する対馬暖流、カムチャッカ
半島から北海道を南下して三陸沖に
至る親潮という主要な海流がある。
黒潮の幅は100~150km。
平均2~3ノットというから、
自転車並みのスピードで流れて
いる。黒い大河のようなので、
江戸時代には「黒瀬川」と呼ばれ
ていた。

 この海流の影響で、ベトナムや
中国から来た船は、種子島か長崎県
五島列島あたりによく漂着した。
朝鮮半島から対馬を経て日本を
目指した船が、島根県や京都府
丹後半島あたりまで流される事も
よくあった。古代史は海流によって
つくられたとも言える。

 1543(天文12)年、中国の
ジャンク船に同乗していた3人の
ポルトガル人が、種子島南端の
門倉崎付近に上陸した。島主の
種子島ときたか時尭は彼らを
手厚く迎え、2丁のアルケビュース
火縄銃を2000両で譲り受けた。
刀工の八板金兵衛は、1年足らずで
鉄砲製造に成功。これをうけて
紀州根来寺の津田監物が、刀工の
芝辻清右衛門に製造を命ずる。
鉄砲は僧兵の根来衆や雑賀衆を
生み、堺商人と国友鍛冶によって
大量生産され、織田信長を
はじめとする戦国大名に普及して
ゆくのである。

 この時、種子島と紀州を結ぶ
のが黒潮である。船は3日あまりで
この2ヶ所を結ぶのである。陸路
では地の果てのような熊野という
地は、海上交通の要衝として、
神武天皇の頃から歴史に登場する
のである。
 古代から18世紀頃まで、風と
潮まかせの船のスピードは、平均
2~3ノット、順風で4ノット程度
だった。大海原を自転車で行くが
如しだったのである。ゆったりとした
時間の中で、航海者たちは海中の魚
たちと語り合い、夜空の星に神々の
世界を見てきた。海は航海者たちの
見果てぬ夢で満ちている。
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