歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
主心とは、心のあるじ主たる
覚醒した意識であり、お婆々
は心の母体である無心と言える。

 大自在の境地を得て、白隠
さんとして親しまれた人物の
書は、豪胆にしてふてぶてしい。
「地獄も修羅も幻よ」と人間
世界をぎろりと睨み、太い筆
に墨をたっぷりと含ませ、
丹田の精気を吐き出すように
「おりゃあっ」と描いてゆく。
それは虚空の高笑いにも似た
筆致である。

 白隠座禅和賛曰く「衆生
 本来仏なり 水と氷のごとく
 にて 水をはなれて氷なく
 衆生の外に仏なし 衆生近き
 を知らずして 遠く求むる
 はかなさよ たとえば水の中
 にいて 渇を叫ぶが如くなり」

 仏とは遥か彼方にいるスーパー
スターなどではなく、自分の内奥
に常に在るものだという事だ。

「六趣輪廻の因縁は 己が愚痴
 の闇路なり 闇路に闇路を
 踏みそへて いつか生死を
 離るべき」 

 心とは迷いの世界。無心の
意識で迷いの闇路を照らし抜け
ということだ。どんなに深い
地獄の闇も、意識の光に照ら
されれば一瞬で消滅する。
現在松蔭寺には「南無地獄大
菩薩」の書が残っている。

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