歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 出家から10年を経た
1708(宝永5)年2月
16日。慧鶴は越後国
(新潟県)高田の英厳寺に
在った。深夜の座禅は
深い静寂に包まれ、肉体
は内奥の虚空と一体に
なっていた。明け方、寺
の鐘声を聞いた。聴覚が
清々しい音を感じ、思考
が明けの鐘だと識別した。
それは無心の状態から
「心」が発生した瞬間
だった。

 慧鶴はその瞬間、心と
いうものが五感や思考の
反応によって生じる、変転
し実体の無いものだという
事を理解したのである。
地獄や修羅などの世界も、
心によって生じた「思い
込み」と言える。だが
悲しいかな、人は何らか
の思い込みを持ち、心に
翻弄されて生きている。
忠義や復習の信念が「忠臣
蔵」を生み出し、多くの
苦しみが広がってゆく。
禅は心こそ病であり、
無心が仏だと看破する。

 1727(享保12)年
7月、白隠42歳のある
夜、こおろぎの声を聞いて
「大自在」の悟りを得たと
いう。「こおろぎはこお
ろぎの声で鳴く」と思い
当り、自性(じしょう・魂
の個性のようなもの)の
まま自在に生きる妙味を
会得したのかもしれない。

 白隠はこれ以降、大衆
に向かってわかりやすく
法を説いた。曰く

「若い衆や死ぬのがいや
 なら今死にやれ 一度
 死ぬればもう死なぬぞや」 

肉体と心は変転して滅びる。
不死の実体を見つけなさいと
言う。

 そう言われても、生きな
がら死ぬにはどうすれば
いいのか? 

「生きて死ぬるはたやすい
 事 主心お婆々に出会って
 問へ 主心お婆々はいくつ
 になりやる わしは虚空と
 おないどし」
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