歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
アフィリエイトOK
発行者:オフィス亀松亭
価格:章別決済
章別決済は特定の章でのみ課金が発生いたします。
無料の章は自由にお読みいただけます。

ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

オーナーサイトへ
アフィリエイトする
マイライブラリ
マイライブラリに追加すると更新情報の通知など細かな設定ができ、読みやすくなります。
章一覧へ(章別決済)
歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 慧鶴が禅の修業に明け
暮れていた1701(元禄
14)年3月14日、江戸城
松の廊下において赤穂藩主・
浅野内匠頭長矩(あさの
たくみのかみながのり)が
吉良上野介義央(よしなが)
に斬りかかるという傷害
事件が発生。激怒した将軍
綱吉は、内匠頭の即日切腹
と浅野家5万3千5百石の
取り潰しを決めた。史上
名高い「忠臣蔵」の幕開け
である。

 変事を伝える江戸からの
早駕籠は、慧鶴が座禅する
原宿・松蔭寺の目前をも
駆け去っていっただろう。
筆頭家老の大石内蔵助は、
菩提寺である曹洞宗華嶽寺
の良雪に、変事への対応策
を問うた。「君辱しめら
るる時は臣死す」との答え
により、内蔵助は上野介
を討ち取る決意を固めたと
いう。

 翌年の12月14日未明、
大石内蔵助率いる47士は、
江戸・本所松坂町の吉良邸
に討ち入り、激闘2時間余
の末上野介の首級をあげた。
浪士たちは細川・松平・
水野・毛利家に預けられた
後、16年2月4日に切腹
を命じられた。

 憎悪が憎悪を呼び、修羅
の心がさらなる修羅を呼び
込む。憎悪も修羅も地獄の
心と変わらない。慧鶴も大
評判となった忠臣蔵の顛末
を伝え聞いたことだろう。
慧鶴は自らと他者の地獄を
見つめながら、解けない
迷いの闇路の中で悶々と
していた。
106
最初 前へ 103104105106107108109 次へ 最後
ページへ 
ページの先頭へ