歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 この年の5月3日、柳生
石舟斎は黒田長政の仲介に
より、徳川家康の陣屋で
「無刀取り」を披露。身に
寸鉄も帯びず、打ち込む剣
をさらりと交わし、攻撃者
を制して拳を寸止めする。
臨機応変にして融通無碍。
家康は自ら打ち込んでみて
歯が立たぬと悟り、起請文
を入れて石舟斎の弟子と
なった。

 本来人を斬る道具である
刀を、不殺の、しかも人を
活かす心法にまで高めた
石舟斎に、家康の「偃武
(えんぶ)」、すなわち戦国
の世を終わらせ武器を蔵に
収めるという志が感応した
のである。だが石舟斎は、
明智家の家老・斉藤利三
との親交が深く、秀吉との
関係がよろしくない。ゆえ
に石舟斎に代わって宗矩が
家康に仕えることになった
のである。

 1604(慶長9)年8月
4日、宗彭は春屋禅師の
兄弟弟子である堺の一凍紹滴
(いっとうようてき)から大悟
の印可を与えられ、沢庵の号
を授かった。この前年、家康
は征夷大将軍に任ぜられ、
江戸に幕府を開いた。宗矩
は2代将軍・秀忠の剣術師範
となり、無刀不殺の活人剣を
内なる心とする柳生新陰流は、
天下の剣として隆盛してゆく。

 沢庵は「剣禅一如・茶禅
一味」を説き、不動智神妙録
を宗矩に書き与える。「打
太刀を見る事は見れども、
そこに心をとめず、向ふの
打太刀に拍子合わせて打たう
とも思わず、思慮分別を残さ
ず・・」と、剣の技と心の
動きについて説いている。心
とは分別(思考)と感情の
複合体のようなものだから、
その「心」にとらわれず、
執着せず、心から放れな
さいと云う。兵法ではこの
無心自在の境地を「放心」
と呼んでいる。
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