歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/25
最終更新日:2011/03/25 12:27

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱3(東洋文明編)」 第2章 東方精神の章(仏・密・禅)
 実は禅にとって、善悪の価値判断は
要点ではない。禅には儒教やキリスト教、
イスラム教などの道徳は存在しない。
むしろ、そんなものに縛られるなと
「喝」が入るかもしれない。一休
自身、寒い夜に仏像を燃やして暖を
とったりと、いろいろ無茶もやって
いる。

 禅とは、あれやこれや思い悩む
「思考」や「感情」そのものが「病」
ではないのかと看破し、善悪の二元的
価値から離れた「無心」という境地を
説いた、独特な宗派と言える。思考や
感情の雲を払い、曇り無き眼を見開け
ば、満月のような一休の笑いが、
カンラカラカラと鳴り響く事だろう。

 このただごとではない大悟の人、
一休禅師が生まれたのは1394
(応永元)年の事。世は3代将軍・
足利義満の頃。北山に金閣寺が造営
され、世阿弥の能が大成されようと
していた。

 父は後小松天皇だが、出産時母は
宮中を追われていた為、京都の民家
で生まれた。6歳で安国寺に入り、
建龍寺、建仁寺と寺を移る。本格的
に禅の修業に入るのは16歳の頃で、
師は西金寺の謙翁宗為(けんのう
そうい)。5年後に師が死ぬと、
後を追って自殺しようとした程、
愛情に関しては一途で純真だった
ようだ。
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