今昔玉手箱2/聖書文明編
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/24
最終更新日:2011/03/24 13:09

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今昔玉手箱2/聖書文明編 第1章 オリエントの章(旧約聖書の世界)
○箱船伝説


 1959年トルコ空軍は、トルコ東部
アララト山(5165m)の海抜1870m
地点(北緯39度26分4秒・東経44度
15分3秒)で、ノアの箱船ではないかと
思われる「船形地形」の撮影に成功した。
 明らかに船の形をした巨大構造物は、
活火山であるアララト山の火山灰に覆わ
れるなどして石化し、赤茶けた姿を地表
に晒している。大きさは長さ137m、
幅22.9m、高さ13.7m。これは
旧約聖書に記された箱船の大きさ、長さ
300キュビット(150m)、幅50
キュビット(25m)、高さ30キュビット
(15m)にかなり近い数値と言える。

 箱船は7月17日にアララト山に
とどまった(創世記第8章)と記されている
だけに、19世紀前半から箱船捜しの
探検隊が続々と結成された。1829年、
エストニアのドルバト大学教授、
フリードリヒ・パロットは、北東斜面
アホーラ村の聖ヤコブ修道院で、箱船の
木片とされるものに描かれたイコン(聖像)
を見せられたという。だが1840年6月、
アララト山大噴火によりアホーラ村は壊滅。
修道院も溶岩に埋まった。アホーラとは、
ノアのぶどう園を意味する言葉だという。

 1952年フランス調査隊は、木片を
国外に持ち出した。炭素14年代測定法
による分析結果は、エジプトのカイロ
博物館でBC4000~3000年、
エジプト農務省でBC5000年前後、
スペインのマドリード大学でBC
3000~2000年というものだった。
材質はイトスギ科のホワイトオークと
思われ、聖書のいと杉(ゴフェルの木)と
一致した。
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