今昔玉手箱2/聖書文明編
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/24
最終更新日:2011/03/24 13:09

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今昔玉手箱2/聖書文明編 第1章 オリエントの章(旧約聖書の世界)
 応神天皇在位の頃というから、
紀元240年前後の頃、弓月君
(ゆづきのきみ)に率いられた
120県(あがた)の民が、大挙
して日本に渡来した。一県千人
としても、12万人という数に
なる。彼らは一族を「秦(はた)」
と称し、朝鮮半島の新羅から、
加羅(から)(伽耶韓国・かや
かんこく)を経て、新天地・日本
に定住してゆく事になる。

 秦は「はた」の他に「しん」
とも読む。春秋戦国の乱世を
征して、紀元221年、中国
西方の「しん秦」が統一王朝を
樹立した。王の名は政。彼は
始皇帝と称した。

 秦一族の故郷はこたん巨丹(現・
新疆ウイグル自治区ホータン)で
ある。漢民族ではない。シルク
ロード交易の地であり、早くから
鉄や銅の冶金技術を得て、農具や
武器に取り入れていた。また絹や
綿の紡績に優れていた。

 秦は兵馬傭坑の顔立ちかが示す
ように、多民族国家だった。秦が
滅び漢民族国家が台頭すると、秦
の人々は諸方に散った。朝鮮半島
にも「柵外の人」という意味の
「秦人(はたびと)」が、大量に
流入した。

 秦一族は山城国(京都府)葛野
(かどの)郡を本拠にして、養蚕・
紡績業に従事した。琵琶湖西岸
の広大な野には、後に平安京が
建設される事になる。秦酒公は
朝廷から「うずまさ」の姓を与え
られ、「太秦」の字をあてた。
太秦をどう読んでも「うずまさ」
とは読めない。中国ではローマ
帝国を大秦と呼び、長安の大秦寺
が景教(キリスト教)寺院であり、
ヘブライ語の「イエス・メシア」
が北インドあたりまで来ると
「ウズ・マシャ」と発音する事
から、秦一族とユダヤ教の関係
が取り沙汰されている。シルク
ロード的文化の混沌を思うと、
有り得る話だろう。
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