歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
 続くソロモン諸島沖海戦でも、空母
や重巡、航空機171機を失い、ガダル
カナル島、アッツ島、タラワ島、
マキン島、マーシャル諸島などの日本
守備隊が次々に玉砕(全滅)していった。

 1944(昭和19)年6月6日。
連合国軍はヨーロッパでのノルマンディ
上陸作戦に呼応して、サイパン・グアム・
テニアン占領作戦(マリアナ作戦)を開始
した。この戦いで日本海軍は、空母7・
航空機395機を失って壊滅的打撃を
うけ、各島守備隊は玉砕。日本本土は
B29の爆撃射程圏内に入った。

 10月17日。マッカーサー中将
率いる米艦隊は、フィリピン中央部
レイテ島上陸作戦に入った。これに
対して日本は、戦艦大和・武蔵などを
率いる栗田艦隊をレイテ湾に突入させる
「捷(しょう)一号作戦」で対抗した。

 10月19日。第一航空艦隊司令長官・
大西瀧治郎中将は、マニラのマバラカット
飛行場の第201海軍航空隊本部にいた。
大西は201空副長の玉井中佐に対して、
次のように言った。

「捷一号作戦勝利の為、零戦に
250キロ爆弾を抱かせて体当りを
させてはどうか。」

 大西は追いつめられていた。圧倒的
戦力の米軍に対し、手持ちの戦力は零戦
34、天山3、銀河2、一式陸攻1、
偵察機1しかなかった。勝算など無い。
むろん大西とて「特攻は統率の外道で
ある」事は、十分承知していた。
せめて爆撃機が50機あれば、特攻
などという作戦を立てずに済んだの
かもしれない。

 大西は特攻を提案した時点で、自らの
死も覚悟していた。豪胆な軍人である
大西だが、特攻を口にした時は顔面蒼白
だったという。
 玉井中佐は即答を避け、第10期甲種
飛行予科練習生(予科練)の搭乗員23名
に相談する。全員賛成した。
「是非もなし。」

 この日この時、関行男大尉を指揮官
とする24名のしんぷう神風特別攻撃隊
が誕生したのである。

「敷島の 大和心を人問わば 
朝日に匂ふ 山桜花 」

歌にちなんで敷島隊、大和隊、朝日隊、
山桜隊と名づけられた特攻隊は、翌年
8月15日の終戦までに、2891機
(有人ミサイル・桜花57、母機60を
含む)が出撃し、3724名が戦死した。
600名以上の隊員と手を握り合って
出撃を見送った大西中将は、8月16日
未明に自決した。
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