歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
 香港・シンガポール・ジャワ・
フィリピン・ニューギニアなど、
各方面の勝利に日本国民は熱狂した。
だがその歓呼も、半年程で終息する。
1942(昭和17)年6月5日。
ミッドウェー沖海戦において、日本
連合艦隊は空母4隻と艦載機285
機が全滅し、多くのエースパイロット
を失った。旗艦・大和の主砲は沈黙
したままだった。

 以後日本軍は、太平洋各島で米軍
の猛攻の前に、次々と玉砕(全滅)して
ゆく。1944(昭和19)年10月
24日のフィリピン沖海戦では、戦艦
武蔵が、魚雷11本・直撃弾10発・
至近弾6発をうけて沈没し、連合艦隊
もほぼ壊滅した。
 翌1945(昭和20)年になると、
1月に硫黄島、3月に沖縄で、悲愴な
までの総力戦が展開され、日本軍は
体当りによる人間爆弾、いわゆる
「神風特攻機」や「人間魚雷・回天」
「有人ミサイル・桜花」などによる
抵抗を行なった。

 3月20日、大和を旗艦とする
第二艦隊に、「燃料は片道分とする」
という内容を含む作戦命令が発令され
た。命令伝達者には、草鹿龍之介少将
と共に、燃料担当参謀・小林儀作大佐
が同行していた。小林は呉鎮守府に
赴き、機関参謀の今井和夫中佐と面
談した。今井は海軍機関学校で、小林
の二期後輩だった。

「今井君。今、帳簿外重油はどれ程
あるか?」と、小林が問うた。

 帳簿外重油。重油タンクの底に残って
いる、パイプでは引き出せない油の
事である。

「むろん最も重油タンクの多い呉鎮守府
の事。帳簿外重油も相当量持っており
ます。」

今井は当惑しながら答えた。

「その油、大和に搭載しようでは
ないか。確かに生還の見通しは少ない。
しかしながら、片道分の燃料で出撃
させたとあっては、武人の情けにあらず。
燃料を満載して、快く送り出してやろう
ではないか。」

 小林儀作大佐、一世一代の「裏技」
だった。かくして手押しポンプで集め
られた「帳簿外重油」が、大和・
矢矧(やはぎ)・磯風・浜風・朝霜・
霞・冬月・雪風・初霜などの艦艇に
搭載されていった。もしも上司から
報告を求められた際には、

「片道分の重油搭載を発令したが、
積み過ぎて余分を吸い取ろうとしたが、
出撃に間に合わないのでそのままにした」
という答えを用意していた。
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