歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
○武士の情け


 1937(昭和12)年8月21日。
海軍大臣・永野修身から、呉鎮守府
司令長官・加藤隆義中将に対して、
「1号艦」建設命令が出された。
艦の長さ263メートル、排水量
6万9千トン、15万馬力。国家の
威信をかけたこの巨大戦艦は、後に
「大和」と名づけられ、同型の
2号艦「武蔵」(三菱長崎造船所
建造)と共に、太平洋戦争に船出
してゆく事になる。

 とにかく巨大な戦艦だった。日清
戦争時の主力艦「松島」が4千トン、
主砲32センチ。日露戦争時の旗艦
「三笠」が1万5千トン、主砲36
センチ程である。大和は砲身21
メートルの46センチ3連装9門、
15.5センチ副砲12門を装備
した、世界最大級の鋼鉄の要塞
だった。

 1941(昭和16)年11月5日。
「Z作戦」の実施が御前会議で決定
した。空母「赤城・加賀・蒼竜・
飛竜・瑞鶴・翔鶴」の6隻をはじめ
とする連合艦隊30隻が、エトロフ島
のヒトカップ湾に集結し始めた。
軍上層部は日米開戦を疑っていな
かったが、外交の舞台裏では戦争
回避の方向で親善交渉が続けられて
いた。
 このような状況下で、1号艦
「大和」は、予備運転や各種銃砲
の発射
テストを行い、連合艦隊の旗艦と
なる日に備えていた。呉市民の間
では、誰言うとなく「不沈艦」と
呼ばれていた。

 12月8日、日本はハワイ真珠湾
の米太平洋艦隊を奇襲し、戦艦8隻・
航空機180機を爆撃。死傷者
2500人あまりの被害を与えた。
また、12月10日のマレー沖海戦
では、イギリスの不沈戦艦
「プリンス・オブ・ウェールズ」を、
海軍の一式陸攻と九六陸攻75機に
よって撃沈した。いずれも航空機に
よる機動部隊がもたらした戦果
だった。
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