歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
豊島郡はけっこう広い。現在の
千代田区・中央区・港区・台東区・
文京区・新宿区・渋谷区・豊島区・
荒川区・北区・板橋区・練馬区
という地域が含まれる。中野区・
杉並区から甲斐国の国境までの
西東京は多摩郡になる。多摩郡に
狛江(こまえ)郷という地域がある。
ここは高麗(こま=朝鮮・高句麗)
からの移住者が開拓した土地で、
733(天平5)年に建立された
深大寺がある事から、現在の
狛江市と調布市なのだろうと
察しがつく。

豊島氏の所領だから豊島郡。
豊島氏は坂東八平氏・秩父氏
から出た。ここでそもそも平氏
とは? という話になる。京の
都に遷都した桓武天皇の第3
皇子・葛原(かずわら)親王の
3男・高見王の子・高望が、
上総介として坂東へ下向する
事になった。889(寛平元)
年5月12日、宇多天皇は高望
に平姓を賜与して平高望とした。
その子が将門に殺された叔父の
国香、将門の父・良将などで
ある。国香の子貞盛の四男・
維衡が伊勢に赴き、平清盛を
生む伊勢平氏の祖となる。

高望の側室の子・良文は、
武蔵国熊谷に赴き、村岡五郎
を称した。彼が秩父・上総・
千葉・中村・三浦・鎌倉・
土肥・梶原・大庭・長尾など、
坂東平氏の祖となるのである。
この姓を見て源頼朝挙兵の
時期を思い起こす人は、なか
なかの歴史通と言える。
イメージとしては源氏と平家
は犬猿の仲で、互いに憎み
あう不倶戴天の敵同士と見ら
れがちだが、源氏の頭領・
頼朝の挙兵の主力は、舅の
北条時政を筆頭に、上総介
広常や千葉介常胤、梶原景時
などの坂東平氏なのである。

源氏と平氏の関わりで忘れて
ならないのは、貞盛の流れを
くむ平直方である。直方の娘
は源頼義の妻となり、八幡
太郎義家の母となる。また彼
が鎌倉に館を構え、本拠地に
した事が鎌倉幕府へと繋がる
のだ。豊島氏も代々源氏の
家人として頭領に仕えた
家柄で、八幡太郎義家に従い、
奥州の前九年の役・後三年の
役を戦ったり、保元の乱では
頼朝の父・義朝軍として戦った。
この為疑い深い頼朝でさえ
豊島氏を厚く信頼した。奥州
合戦の主力・葛西清重は豊島
清元の3男である。
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