歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
 爆撃前、戦闘パイロットたちは、
「鉄火巻・玉子焼き・松茸と大根、
人参の煮しめ・リンゴ・紅茶」と
いう戦闘食で、気合いを充電して
いた。この他にも、赤飯・ボタもち・
みつ豆・コーヒー・少量のウイスキー
などのメニューがあった。ただ
基本的に日本人は、いつの時代でも
握り飯・沢庵・味噌汁の3点セット
が欠かせない。

 7日午前6時(ハワイ時間)。
オワフ島の北300キロに達した
機動部隊は、攻撃機を次々に発艦
させた。空母・赤城の戦闘機隊長・
板谷茂少佐は零戦に、総指揮官の
淵田美津夫中佐は、800キロ爆弾
を抱いた水平爆撃機の偵察席に乗り
込んだ。

 映画などでは、攻撃前の最も緊張
した場面で、決死の覚悟で互いに
握手し合い、悲壮な表情で飛び立って
いった事になっている。だが実際は
いたって平静であり、淵田中佐などは、
「おっ、じゃ、ちょっと行ってくる」
と、隣に酒か煙草でも買いに行く
ような格好だったと、源田実航空参謀
が証言している。

 第一次攻撃隊は、戦闘機43・艦爆
51・雷撃機40・水平爆撃機49の
計183機。ハワイの放送局からは、
軽快なジャズが流れていた。やがて
後続の第二次攻撃隊147機も発進。
一路オワフ島真珠湾を目指した。

 午前7時55分。ヒッカム飛行場
の爆撃を手始めに、艦船と飛行場に
魚雷と爆弾が間断なく降りそそぎ、
次々に大破・炎上。淵田は司令部宛に、

「トラ トラ トラ(我 奇襲に成功
せり)」と発信した。
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