歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
◎黒の章
(悲惨な戦争と希望の光)




○真珠湾攻撃


 1941(昭和16)年12月
1日。御前会議で日米開戦の
聖断が下された。これを受けて
連合艦隊司令部は、南雲忠一
中将が指揮する機動部隊司令部
宛に、「新高山(にいたかやま)
登れ一二〇八(ひとふたまるはち)」
という暗号電文を発信した。
12月8日午前0時をもって、
日米開戦の「Xデー」とすると
いう意味だった。

 山本五十六大将率いる海軍
連合艦隊は、11月26日までに
エトロフ島のヒトカップ(単冠)
湾に集結し、ハワイの米太平洋
艦隊基地があるオワフ島を目指し
て出港していった。

 編成は、旗艦である戦艦「長門」
のほか、「赤城・加賀・蒼龍・
飛龍・翔鶴・瑞鶴」の空母6隻。
軽巡1・重巡2・補給特務艦7・
哨戒潜水艦3など、計30隻。
新高山の電文を受信した時機動
部隊は、オワフ島の北々西
1400マイル地点にまで達して
いた。

 仕事を成功させるには、段取り
八分だという。日本海軍の情報
機関はこの時点で、真珠湾内の
艦船総数、艦名、碇泊位置、艦隊
や潜水艦の行動状況、守備状況から、
ヒッカム飛行場格納庫の屋根の
厚さまで、詳細な情報を入手して
いた。そして刻々の情報は、攻撃機
発艦の3時間前まで発信され続け
ていた。

 「6日午前。北からネバダ・
アリゾナ・テネシー・ウエスト
バージニア・メリーランド・
オクラホマ・カリフォルニア・
ペンシルバニア・ユタ碇泊中。
他軽巡3・潜水母艦3・駆逐艦17
繋留。臨戦準備態勢にあらず。」

この、ホノルル発の暗号電文を
受信した南雲は、奇襲の成功を
確信したという。

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