歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
940(天慶3)年1月9日、朝廷
は参議・藤原忠文を征夷大将軍
とする平将門追討軍を編成。2月
8日、将門に父・国香を殺された
平貞盛は藤原秀郷と結び、兵
4000騎を従えて出陣。2月
14日午後3時に、1000騎の
将門軍との間で矢戦が始まった。
強い北風を背にした将門軍が優位
に立ち、日没近くに将門軍は凱旋
の引き上げを始めた時、突然風向き
が南風に反転した。

貞盛・秀郷連合軍が好機と見て
反抗に転じた。貞盛の矢が将門の
眉間を射抜き、落馬したところで
秀郷が首を挙げた。今じゃ2月
14日といえば狂乱のバレンタイン
デーだけど、関東の守護神・
平将門の祥月命日でもあるのだよ。

将門の首は京に送られ、賊首・
平将門と書かれ、東市に晒された。
首は3ヶ月経っても色が変わらず、
眼も閉じず、「五体を我に戻して
いま一度戦おう」と叫び続けて
いたという。ある夜首は体を
求めて東国に飛び、武蔵国豊島郡
柴崎村の神田の宮から百歩の地点
に力尽きて落ちたという。それが
現在千代田区大手町1ー2ー1外 
三井物産ビル東側の将門の首塚だ。

鎌倉幕府が滅びた時に北条一族が
切腹して果てた東勝寺「腹切り
やぐら」と共に、関東第一級の
心霊スポットである将門塚だけに、
関東大震災後、大蔵省庁舎再建の
ため塚を取り壊したら、大蔵大臣・
早速整爾をはじめ大蔵省職員や
工事関係者14名が謎の死を遂げた
とか、将門死後1000年の
1940(昭和15)年6月20日
に落雷が大蔵省庁舎を直撃+炎上
したなど、怪異談は枚挙に暇が
ない。
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