歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第2章 幻の章(おとぎ話や妖怪の事など)
 紂王はこの娘を寵愛し、姐妃
(だっき)という名を与えた。姐妃
は紂王をそそのかし、池を掘ら
せて酒を満たし、木には肉を
吊るし、家臣に後宮の美女を与え、
連日連夜乱交の宴を催した。酒池
肉林の故事である。
 諫言する者に姐妃は怒り狂い、
残虐な刑で殺させた。人間を銅板
で丸焼きにして、その肉を遺族に
食べさせたり、毒蛇やさそりが
充満する穴の中に裸女を投げ
込んだりさせた。姐妃は、そう
した光景を見て興奮する娘だった。

 紂王自身、決して暗愚では
なかったが、殷王朝640年の
天命は尽きた。周の武王の軍に
攻められ、紂王は自害し、姐妃
は周の軍師・太公望呂尚
(たいこうぼうりょしょう)との
妖術戦に敗れ、南天に飛び去った
と言う。

 妖狐は次に、南インド・マカダ
国に「華陽(かよう)夫人」と
なって現れた。英明だった班足
太子が彼女を溺愛するようになると、
悪逆非道な行為が目立つように
なった。僧1千名を「破戒僧」
であるとして猛獣の餌食にしたり、
諌める家臣をことごとく斬殺した。
 華陽夫人の正体を妖狐と見破った
のは、名医・耆婆(きば)だった。
金鳳山の薬王樹という神木の霊力
によって、妖狐は何処かへ飛び
去り、班足太子は正気に戻ったと
いう。

 735(天平7)年4月、妖狐は
吉備真備(きびのまきび)が帰国
する遣唐船に、玄宗皇帝の娘・
若藻(わかも)という名で密航し、
日本に渡ってきた。諸国で人を
狂わせた妖狐は、鳥羽天皇(在位
1107~1123)に「玉藻前
(たまものまえ)」として寵愛
される事になる。鳥羽帝は、後に
日本三大怨霊の一となる崇徳院と、
源頼朝から日本一の大天狗と称さ
れる後白河法皇の父である。
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