歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
 江戸は、上野台、本郷湯島台、
小石川台、牛込台、麹町台、麻布台、
白金台という、7つの台地に囲ま
れた低湿地帯だった。家康はまず、
沼地のような土地に排水溝をつくり、
駿河台の神田山を崩し、日比谷の
入り江と豊島の州(日本橋)の埋め
立て工事を行なった。これによって
浅草から品川までの間に道が出来た。

 海辺近くである為、井戸水は海水
に近かった。大久保藤五郎は、清水
涌く井の頭から城の近くまで上水道
を引いた。後の神田上水である。塩
は下総の行徳(千葉県市川市)から
船で運ばせた。

 家康が江戸城拡張工事に着手した
のは、秀吉が朝鮮出兵を始めた
1592(文禄元)年の事である。
現在皇居がある江戸城西の丸あたり
である。だがやはり、大々的な
増築が行なわれるのは、秀吉が
死んで、関が原の合戦で石田三成
に勝利して、天下人になった
1604(慶長9)年からの事で
ある。

 家康は島津忠恒に300隻、
浅野幸長に385隻、黒田長政に
104隻など、外様大名に合計
3000隻の船の建造を命じた。
城の石垣を伊豆から運ぶ為の
「石つり船」である。
 木材は関東各地のほか、駿河、
三河、木曾、信濃から「ひのき」
が切り出された。壁に用いる
漆喰は、秩父郡(東京都青梅市)
小曽木(おそぎ)、上成木村の
石灰石を焼いて造られた。これを
馬で運んだ道が青梅街道である。

 1606(慶長11)年。2年
の準備期間の後、藤堂高虎が設計
した城の大工事が始まった。32
の大名に工事が割り当てられ、
のべ10数万人が動員された。
5層白壁の大天守閣、本丸、二の丸、
三の丸、外堀の石垣などが次々に
出来上がり、尾張町、加賀町、
出雲町など、担当大名の国名を
とった埋立地にも、続々と屋敷が
建っていった。

 江戸城の増築は三代将軍・家光
の頃まで30数年間続けられ、
江戸の町も世界的100万
都市へと成長してゆくのである。
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