歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
 一方山岡は、明治5(1872)年
6月から、宮内省侍従番長として明治
天皇に仕えていた。結果として明治
天皇にも、木村屋のあんぱんが献上
される事になるのである。

 山岡は「鉄舟」と号した。高橋泥舟・
勝海舟と共に、幕末三舟と称される。
禅を極め、「無刀の位」という境地に
至った剣豪でもある。山岡邸には北辰
一刀流の千葉周作や、歌舞伎の市川
団十郎、伝説の落語家・三遊亭円朝
など、多彩な人物が出入りしていた。

 山岡は円朝の落語を所望した翌朝
の、明治21(1888)年7月19日、
腹膜炎で死亡した。53歳だった。
清水次郎長はその日の昼、死の報せ
を受け、直ちに100人の子分を従え、
清水を出立した。縞の合羽に三度笠、
手甲脚絆の装束で、腰には山岡が
贈った木刀を帯びていた。

 22日。どしゃ降りの雨の中、山岡
の葬儀が行われた。武州・高萩の万次郎、
甲州・津向の文吉、小金井の小次郎など、
清水次郎長と盃を交わしていた関八州
の親分子分200人に先導された棺は、
四谷の山岡邸から谷中の全生庵へと
進んだ。5000人の一般弔問客の
中には、72歳になった木村安兵衛の
姿もあった。
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