歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
 山岡は、江戸で暴れまわって勝海舟
のもとに幽閉されていた薩摩藩士・
益満(ますみつ)休之助を道案内にして、
駿府へ向かった。命がけの大役だった。
彼一人に、徳川慶喜の首と江戸市民の
生命財産の安否がかかっていた。
新政府軍の刺客に狙われる可能性も
高かった。

 益満は箱根で体調を崩してダウン。
3ヶ月後の5月22日に28歳の若さ
で死亡しているので、仮病ではなかった
ようだ。山岡は単身、沼津・吉原・蒲原
と進み、薩?峠登り口にさしかかった時、
狙撃された。山岡は油井(由比)の浜に
ある茶店「望嶽亭」に逃げ込んだ。
亭主の松永七郎平は、山岡を匿う一方、
ある男に助力を求めた。男の名は山本
長五郎、47歳。またの名を清水
次郎長と云った。

 次郎長は、大政・小政・増川の仙右
衛門・国定の敬次郎・当目の岩吉・
お相撲常という子分6人と共に山岡を
護衛し、由比から清水までを舟で進み、
駿府伝馬町の旅館「松崎屋」まで無事
送り届けたのである。これ以後、山岡
と清水一家との情義は終生続く事になる。

 3月9日、山岡は西郷と会見。4月に
行われる、旧幕府全権・勝安房守海舟
との会談への道筋をつけた。西郷・勝
会談によって江戸総攻撃は中止され、
徳川慶喜は駿府へ移される事になった。
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