歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
 西郷吉之助は総画40。地運17。
隆永の総画は45と強運だが、地運
22と内運34は悲運分裂数。隆盛
の総画52は、対立と分裂数。征韓論
で新政府と対立して下野し、西南戦争
で自刃する運命を暗示している。
内運も34である。ただし隆盛の
地運は29.人気実力で他を圧し、
頂点に君臨する数である。確かに
西郷どんは、不滅のスーパースター
として語り継がれている。



○あんぱんマン伝説


 徳川幕府第15代将軍・徳川慶喜
(よしのぶ)は、1867(慶応3)年
10月14日、朝廷に大政を奉還し、
12月9日には天皇を中心とする
新政府が誕生した。

 翌年正月3日、旧幕府軍と新政府
軍は鳥羽・伏見で激突し、大阪城に
在った徳川慶喜は、朝廷に弓引く
事恐れ多いと、幕府軍艦「開陽丸」
で江戸へ脱出。徳川家の菩提所で
ある東叡山寛永寺大慈院で、蟄居
謹慎した。

 新政府軍は錦旗(きんき)を掲げて
ひたひたと東進。東海道軍の総大将・
西郷隆盛は、2月に駿府(静岡市)に
入った。

「私の恭順の意思を伝え、西郷に
江戸総攻撃を思いとどまるよう説得
出来る使者はいないものか」

と、慶喜は家臣・高橋泥舟に意見を
求めた。

「旗本・山岡鉄太郎なる者がおり
ます」と、泥舟が言った。

 1836(天保7)年江戸に生まれた
山岡鉄太郎は、この年32歳。黒門町
の浅利道場で師範代をしていた。父は
六百石の旗本で、母は常陸国(茨城県)
鹿島神宮社人・石原岩見の次女である。
石原は剣聖・塚原ト伝の末裔と称して
いた。
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