歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
◎江戸東京玉手箱
 (世界の大都市お江戸
  裏事情)


○江戸城事始

 もしも織田信長が築いた安土城の
城下町が、日本の首都として発展
していたならばと夢想することが
ある。琵琶湖の水上交通を軸に、
日本海の敦賀や小浜、伊勢湾の
各湊、瀬戸内の堺の中心に位置する
安土。信長が貿易交易をいかに重視
していたかがよくわかる。

 この頃の江戸は、人の住めない
大湿地帯だった。浅草には7世紀の
推古天皇の時代に建立されたという
浅草寺があったが、現在の下町は
ほとんどが海面下だった。利根川は
隅田川と合流して江戸湾に流れ、
古利根川や綾瀬川、太日川(ふとひ
がわ)、常陸川現荒川などが複雑な
流れと砂州をつくっていた。

 ゆえに武蔵国で田畑の耕作が可能
なのは、多摩川沿いの狛江、調布、
府中などのわずかな平地に限られて
いた。多摩郡狛江郷の深大寺は、
733(天平5)年の建立というから、
相当に古い。狛江という地名は、
高麗(こま=朝鮮半島)からの移住者
が住んだ事に由来する。坂東騎馬
軍団のルーツであろう。

 古代から中世にかけて、武蔵国の
主要街道といえば、千葉県松戸から
練馬区、調布市を経て町田市に向かう
ルートだった。源頼朝が挙兵して、
上総国(千葉県)から源氏軍団を従えて
鎌倉へ向かった時も、新田義貞軍が
下野国(栃木県)から鎌倉の北条軍を
滅ぼすべく攻め上ったのも、この
ルートだったのである。
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