歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第1章 江戸東京玉手箱(世界の大都市お江戸裏事情)
 道後温泉といえば、夏目漱石
の小説「坊ちゃん」で一躍有名に
なったが、古くは古墳時代の景行
天皇が行幸したり、聖徳太子も
訪れたという。崇神天皇から
景行天皇にかけての時代といえば、
大和地方に巨大な前方後円墳が
築かれた頃である。景行天皇
には息子が80人いたと言われ
ているが、最も有名なのは倭建命
(やまとたけるのみこと・日本武尊)
である。

 ヤマトタケルは兄・大碓命
(おおうすのみこと)を殺害した、
建(たけ)く荒いこころ情の持ち主
だった。景行天皇は九州の熊襲建
(くまそたける)を撃ち殺せと
命じる。タケルとは「建部
(たけるべ)」という、氏族軍団長
の職名である。ヤマトタケルは
女装して油断させ、熊襲建を殺害。
帰途、出雲建もだまし討ちにする。

 次にヤマトタケルは、東国平定
を命じられる。倭比売(やまとひめ)
は彼に、伊勢神宮の草薙の剣と
火打ち石の入った「御袋」を
授ける。相模国の野(静岡県焼津市)
で焼き討ちに合った時、この剣と
火打ち石が彼の危難を救う事になる。

 ヤマトタケルは常陸国(茨城県)
から日高見国(東北地方)へ入り、
これを平定。帰途は相模国足柄
から甲斐国(山梨県)信濃国(長野県)、
尾張国(愛知県)と進み、大和国
(奈良県)を目指したが、病を得て
伊勢国のぼの能煩野(三重県亀山市)
で病没。その魂は白鳥となって
天高く飛び去っていったという。

「倭は国のまほろば たたなずく
 青垣 山隠(ごも)れる倭し美
 (うるわ)し」 と、望郷の思い
 を詠った。
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