歴史エッセイ集「今昔玉手箱」
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ジャンル:未設定
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/11
最終更新日:2011/03/11 11:01

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歴史エッセイ集「今昔玉手箱」 第4章 黒の章(悲惨な戦争と希望の光)
 8日午後。東郷茂徳外相は、宮中
地下室に参内して天皇に拝謁。「原爆
投下の惨状はあまりにもひどく、もはや
ポツダム宣言受諾よりほかなし」と言上。
天皇は東郷に賛成した。続いて下村
情報局総裁が天皇に拝謁。

「いまや日本帝国興亡のとき秋に直面
いたしました。玉音放送がとんでもない
などという窮屈なことなど、いって
おられる時ではございません。いたる
ところ大号令という声が聞こえております。
いまこそ親しく御聖断を仰ぐべき時だと
いうのが、一億国民の心情でございます」
と、戦争終結への聖断を求めた。

 8日午後5時。モスクワの佐藤ソ連
駐日大使は、クレムリンに呼び出され、
対日宣戦布告文を受け取った。9日
午前1時。ソ連軍はソ満国境を突破
して総攻撃を開始。午前4時、外務省
ラジオ室と同盟通信は、モスクワ放送の
ソ連対日参戦のニュースを傍受した。

 9日午前8時。東郷外相は、小石川
丸山町の鈴木貫太郎首相宅を訪問。その
後海軍省の米内光政海相と会見し、
戦争終結の意思を確認した。同じ頃、
木戸内相は、天皇に呼ばれて拝謁し、
戦争終結の意思を鈴木首相へ告げるよう
にと言われた。

 9日午前11時50分。15坪ほどの
宮中地下室に、鈴木首相・東郷外相・
米内海相・阿南陸相・梅津参謀総長・
豊田軍令部総長・平沼枢密院議長と、
陸海軍軍務局長・書記官長らが陪席
して、戦争終結の御前会議が開かれた。
息苦しいほどの蒸し暑さだった。

 会議は戦争終結を急ぐ東郷・米内・
平沼派と、本土決戦を主張する梅津・
豊田・阿南の陸軍首脳との間で激しい
論戦となった。午後5時半にいったん
休憩をとり、6時半に再開された。

「本土決戦というが、小銃は10人に
1人で、残りは竹槍か鎌。兵数は550
万人と勇ましいが、大半は高齢者か
少年兵で、食糧不足の為体力は劣悪で、
訓練もほとんど行なわれていないのが
実情ではないか。伝達用の紙はほとんど
なく、銃も数十発撃つと使用不能になる
ありさま。これでいかにして戦争を継続
するのか?」

というのが、東郷・米内ら終結派の主張
であった。梅津ら決戦派は、神国日本の
精神論を展開して応戦したが、実情は
度外視された。
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