今昔医療福祉外伝
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ジャンル:ノンフィクション
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/02
最終更新日:2011/03/02 11:02

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今昔医療福祉外伝 第7章 幕末任侠医・高松凌雲(りょううん)伝(上) /緒方洪庵と適塾の事
 洪庵の時代、東には「任侠(にんきょう)
三島医術」と言われた鈴木宗観(1759~
1824)が、西には「世には権門俗流に
おぼれる小医多し。老柳こそ真医である」
と洪庵が尊敬していた原老柳(1782~
1854)がいた。幕末の「赤ひげ」と
いったところだろうか。

 古今東西、医者という職業は立身出世
の手段であった。だが一方で、生命に
直接向き合うという性質上、強烈な個性
や思想を持つヒューマニストを数多く
生み出している。

 江戸時代初期、「生命における平等」
を説き、封建社会の身分制度を厳しく
批判した安藤昌益(1707?~?)。
貧乏人に無償で薬を施したため、患者
の数より借金取りの数の方が多かった
という北山寿庵(1600?~?)。

いつも牛の背にまたがり、将軍秀忠で
あろうと誰だろうと、薬一服18銭均一
を貫いた放浪の旅医者・永田徳本
(1508~1624)。江戸・小石川
養生所を設立して貧しい者の治療に
あたった「赤ひげ」のモデル、
小川笙船(1671~1760)など、
背中に「任侠」と描いてあるような
「人物」である。

「こうした人物こそ、医者というのだ」
と、洪庵は言いたいのだろう。

 洪庵は適塾で教育者として活動する
一方、「種痘」の普及に力を注いでいた。
種痘は、恐怖の疫病「天然痘」予防の
決定版と言うべき技術だった。牛の
痘瘡を人に移植して免疫性を高くする
ので、「牛痘法」という。イギリス人
の外科医・エドワード・ジェンナーが、
1796年開発に成功。日本にはその後
40年を経て、シーボルトの門下生・
伊藤圭介や、オランダ通訳・馬場佐十郎
らによって紹介されていた。
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