今昔医療福祉外伝
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ジャンル:ノンフィクション
シリーズ:今昔玉手箱

公開開始日:2011/03/02
最終更新日:2011/03/02 11:02

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今昔医療福祉外伝 第4章 福祉僧・忍性(にんしょう)伝
 忍性は覚盛から、医学の基礎を学んだ。
やがて忍性は旅に出る。広く世間の暮ら
しを見る事こそ、何よりの修行という、
師・叡尊の考えもあった。忍性は、各地
の寺を巡っては教えを請い、病気の者が
あれば薬草を摘んできて、煎じて飲ま
せた。村の者を集めて、病気に対する
心構えや薬草の種類を教えた。貧しく
餓えた者たちがあれば、寺や豪族たち
を説いて食料を分け与えた。

 忍性の旅は、東は関東から西は九州に
至るまでの広範囲にわたっている。
忍性は、40代まで続く旅の期間に、
全国各地にハンセン病患者が安心して
療養する為の施設を17ヶ所に造った。

 1261(弘長元)年、44歳の忍性
は鎌倉にやって来た。ちょうど、立正
安国論を執筆した日蓮が、伊豆に流刑
となった年にあたる。忍性は相変わ
らず、光泉寺を拠点として医療福祉
活動を続けていた。これが、幕府
執権・北条長時の知るところと
なった。長時は忍性の菩薩行に
感動し、全面的なバックアップを
約束した。

 こうした経緯によって建立された
のが、鎌倉山の麓にある「極楽寺」
である。この寺は、金堂や講堂の
外郭に、「施薬院」「療病院」
「悲田院」「らい宿」などの施設を
備えていた。聖徳太子の四天王寺
以来の、国立総合医療福祉センター
である。

 極楽寺の運営が軌道に乗ると、
忍性は奈良へ向かった。極楽寺と
同様の施設を建設する為である。
それが、東大寺の北西・東之阪町
に史跡として現存している「北山
十八間戸」である。ここに「悲田院」
「敬田院」と共に、間口十八間の
ハンセン病患者の為の施設があった
わけである。
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