虹の橋を渡ったゾウ
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ジャンル:ノンフィクション

公開開始日:2011/03/01
最終更新日:2011/03/01 10:29

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虹の橋を渡ったゾウ 第2章 印度象鎮魂歌(下) 無念の涙
 ワンジーは1935(昭和10)年
6月、タイ国少年団から贈られた、
日タイ友好の使者だった。日本名を
「花子」と言った。ワンジーは、来日
の際20歳。妹分のランプーンと共に
やって来た。6月3日、大阪商船
バタビア丸で神戸港に入港し、ここで
ランプーンは大阪動物園へ。ワンジー
は翌4日、特別仕立ての大貨車で上京。
午後8時半、汐留駅に到着した。

 出迎えにはタイ国公使プラ・ミトラ
カム・ラサク、同令息令嬢はじめ、同
公使館員、東京市の宮川保健局長、
井下公園課長、古賀動物園長、地元の
芝少年団員など多数がつめかけた。

 やがてタイ国から付き添ってきた
象使いのピラト、ケンユー、チェンの
3人や、駅員、動物園係員の手によって
10時頃無事引き出し作業を終了した。
ホ―ムの広場でバナナなど数貫のもてなし
をうけた後、市内の静まるのを待って、
上野動物園に向かった。

 汐留駅を出て蓬莱橋を渡った時には、
午前1時を過ぎていた。だが見物人の
人出は沿道をうめていて、時ならぬ
パレード行進となった。新聞写真班
のフラッシュが、至るところで光る。
沿道の要所要所には、警官が提灯を
持って立っている。昭和通りを片側
完全通行止めにして、ワンジーは行進
した。横合いからうっかり飛び出した
円タクは、「ヘッドライトを光ら
せるな」と、警官にどやされた。

 ワンジーはこの時代のスーパースター
だった。午前2時40分、何事もなく
動物園に到着して、ただちに新装の
象舎に収まった。ここでうけた最初
のご馳走は、畑からとりたてのジャガ
イモだった。

 この華やかな市民あげての歓迎から
7年。ワンジーはその象舎の中で死を
迎えようとしていた。ジョンが死んだ
8月29日には、アメリカ野牛の頭部
を金槌で打って殺し、トンキーと
ワンリーを残して猛獣処分は終了
しようとしていた。
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