原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第8章 8・ヒバクシャ
 一方1974年の核実験の後、
24年間実験を凍結していたインドで、
1998年インド人民党のバジパイ
政権が誕生した。彼は核兵器導入を
公約し、「インドの誇りの為に命がけ
で取り組む」と国民に訴えた。かくして
「オペレーション・シャクティ(力の
作戦)」はスタートした。5月9日、
ポカラの核実験場に運ばれたプルト
ニウム爆弾を地下へ埋め込み、爆発
実験が行われた。米軍の軍事偵察
衛星の目を盗んでの作業だった。
11日に3回、12日に2回、実験
は続けて行われ、いずれも成功した。

 パキスタンは喉元に核ミサイルを
突きつけられた。アメリカはパキス
タンに対し、安全保障の確約は出来
なかった。13日、シャリフ首相は
国防会議を招集した。折しもカシ
ミール州で印パの対立が激化し、
砲撃戦が始まった。国内ではデモが
激しくなり、核実験を行わないと
反政府暴動が起こりかねない状況に
なっていた。パキスタンの世論調査
では、国民の70パーセント以上が
核実験を支持していた。

 5月20日、シャリフ首相は決断
した。5月27日午前9時、核兵器が
カーン実験場へ運ばれ、最終点検が
行われた。シャリフ首相はアメリカの
クリントン大統領からの電話で、
25分にわたって実験中止の説得を
うけていた。シャリフ首相は言った。

「私にも実験を止める事は出来ません。」

 5月28日、5回にわたってパキ
スタンの核実験が行われた。国民は
歓喜し、「アッラーは偉大なり」を
絶叫した。これを受けてイラン外相が
パキスタンへ飛び、軍事同盟の強化に
ついて話し合った。記者会見の席上、
イラン外相は言った。

「われわれイスラムの核の力が、
イスラエルを抑える」と。
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