原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第7章 7・原爆投下はなかった
 またトルーマン大統領は、1951
(昭和26)年11月から、「パネルD
ジャパン」という、対日心理作戦を
秘密裡に実行した。日本の反米感情を
抑える為、あらゆるメディアを使って
情報操作を行うプロパガンダである。
ジョンМアリソン駐日大使を委員長と
する、PSB(心理戦略評議員会)が
作戦を実行した。その成果もあってか、
広島・長崎の惨状は日本人からも置き
去りにされる事になったのである。

 ところがどっこい。広島・長崎の
人々は、原爆の残留放射能によって、
地獄の苦しみを味わっていた。放射能
は骨髄の急性障害を引き起こす。極端
な白血球やリンパ球の減少である。
じわじわと人体を侵し続け、白血病・
甲状腺がん・乳がん・肺がん・多発性
骨髄腫・原爆白内障・染色体異常・
体内被爆児小頭症などのさまざまな
病気となって現れ、死に至るので
ある。病院で、自宅で、がんの激痛
にのたうちまわりながら、やせ細り、
原爆投下を呪いながら、数多くの人々
が無念の死をとげていった。

 被爆当日、高温高圧の衝撃波に
よって、大小無数のガラス片が肉体を
貫いた。ガラスは皮膚に刺さり、血管
を切り、筋肉から骨にまでめり込んだ。
40年後・50年後に至るも、体内
からガラス片が出て来る。

 街には、原爆で身寄りをなくした
子供や老人も数多くいた。絶望して
自殺する老人。生存の為に暴力団の
手先となって働く子供たち。体や顔
にケロイドの残る、結婚前の女性たち。
広島・長崎の市民にとって、国と国
との戦争は終わっても、原爆との
戦いは始まったばかりだった。

 1945年9月初め、チベッツ大佐
やスウィーニー大佐などの「原爆投下」
関係者が、長崎市を訪れた。街には
すでに死体はなく、火傷した人の姿も
見えず、復興に精を出す人々が働いて
いるだけだった。彼らはさほど心の
痛みを感じる事もなく、普通の観光客
になっていた。

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