原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第5章 5・命の水
 午後1時。黒い雨の集中豪雨の後
も、雷雲は断続的に発生して横川一帯
が激しい雷雨に見舞われているにも
かかわらず、市内の火災はいよいよ
激しく拡大していった。黒煙の柱が幾筋
も立ち昇っていた。救護活動は遅々と
して進まなかった。鉄道も電話も使用
不能。連絡は徒歩の伝令という有り様
だった。それでも、第二総軍司令部は
呉鎮守府経由で大本営に、「広島市壊滅。
未だかつてない高性能爆弾によって、
言語を絶する被害をうけた」と報告した。

 大本営参謀本部第一部長・宮崎周一中将
は「いわゆる原子爆弾ならんも発表に考慮
を要す」と、はっきりと広島に原爆が投下
されたという認識を示している。その日の
午後、侍従武官・蓮沼しげる蕃を通じて
天皇裕仁にも、広島の惨劇は伝えられた。

 午後6時。気温28度。火災はまだ
続いていた。広島県知事・高野源進は、
比治山下の多聞院に県防空司令部を設置
して、内務省や近隣諸県に医療や食糧
の緊急援助を依頼した。広島城の大本営
が壊滅した陸軍は、陸軍船舶部(暁部隊)
の佐伯文郎を司令官として、広島市内の
警備・遺体処理・道路の復旧を主とする
部隊を組織した。

 海軍は、呉鎮守府を本部とする救護班
が出動した。警察・消防・近隣医師会・
婦人会・町村役場・地域義勇隊が、
それぞれ独自に救護班を組織した。
軍は道路を確保する為に、瓦礫と遺体を
道の両側に積み上げた。婦人会や地域
義勇隊は、炊き出しを中心にして救護
活動を続けた。地獄の状況下にあって、
人々は助け合いながら徹夜で働いた。

 7日になると、山口・浜田・加古川・
福知山・岡山の陸軍病院から医療救護
班が到着。警察などと協力して、トラック
などで負傷者を移送する作業が本格
化していった。彼らは呉海軍病院や、
遠く島根や山口の病院へと移送されて
いった。一方遺体は西連兵場などに
集められ、重油をかけて燃やされた。
それでも道端に積み残された遺体は、
高さ2メートルの壁を作っていた。
こうした救護活動に従事した人々の
多くが、二次被爆者として白血病や
癌に侵され、死んでゆく事になる
のである。

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