原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第5章 5・命の水
○命の水<2>

 広島市立第一高女の44名は、元安川
に飛び込んだ。誰もが半死半生の体
だった。本来ならこの場所は、桜並木が
美しい所だった。夏は子供たちが水遊び
をして歓声を上げていた。彼女たちは
雷雲と火炎と黒煙で淀んだ空を見ながら、
「天皇陛下万歳」を三唱し、「君が代」
を合唱しながら死んでいった。

 広島二中の生徒・320人も、川の
中にいた。最期に「海ゆかば」を歌い、
天皇陛下万歳を唱えながら息絶えて
いったという。
 
 午前11時。中国新聞社社員・松重
美人は、爆心地の南南東2・3キロ
地点に立っていた。「広島師団司令部
報道班員」の腕章をして、カメラを
持っていた。だがあまりの惨状に、
シャッターを切る事が出来なかった。
かろうじて歩ける避難者が、助け合い
ながら宇品方面を目指していた。服は
着ているが、裸足の者が多かった。松重
は迷いを断ち切り、歯を食いしばって
シャッターを切った。そして非難民や
死体、廃墟となった街を撮り続けた。

 その頃、江田島幸の浦船舶練習部
の「第十教育隊」に、救援隊が組織
されていた。少年兵1500名のこの
部隊は、陸軍特別攻撃隊、すなわち
「神風特攻」の訓練中だった。また
軍医1名・衛生兵12名・衛生下士官
2名・衛生見習士官1名の16名から
成る医療救護班も、広島市内へ向かった。

 広島市内45の病院中、42の病院
は壊滅した。3施設と医師30名・看護
婦126名が、かろうじて生き残った。
彼らは当日から、仮設の救護所を設けて
負傷者の手当てにあたったが、ほとんど
お手上げの状態だった。軽いやけどに
対して亜鉛華油か亜鉛華軟膏を塗ること
ぐらいしか出来なかった。薬品油が
なくなると、食用油や機械油で代用した。
外傷用のヨードチンキやマーキュロ
クロムも不足がちという現実だった。

 被爆した負傷者は、安佐・佐伯・
賀茂などの郡部へ向かって避難しよう
と、必死になって歩いた。途上にある
学校・寺・役場などの施設は、負傷者
で溢れた。その場所で力尽き、足洗い場
の泥水を口にしてから死んでいった人々
も数知れない。似島の陸軍病院には、
約2万人が押し寄せた。
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