原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第2章 2・B29
 南雲艦隊は空母3沈没、空母4・
戦艦1・重巡洋艦1が中小破、航空機
295機を失い、半身不随の状態に陥った。
アメリカ軍は、戦車150輌・大砲
1290門・バズーカ砲167門の
圧倒的火力をもって、サイパン島日本
守備隊を圧迫した。7月6日、南雲中将・
斉藤中将が切腹。残りの守備隊も「万歳
突撃」を敢行して玉砕した。

 この時、約4千人の日本人非戦闘員が、
島の北端に追いつめられた。マッピ岬
付近の断崖から、女性を含む多くの者が
投身自殺。あるいは車座になって手榴弾
で爆死する集団や、わが子を殺して
後追い自殺する者が絶えなかった。野戦
病院では、患者と看護婦・従軍慰安婦たち
が、青酸カリによる服毒自殺をはかった。
日本人は皆、降伏よりも死を選んだ。
これら非戦闘員の死者は、8千人から
1万人と言われている。戦死者は4万
1244人であった。

 テニアン島も同様だった。松本歩兵
第五十連隊(連隊長・緒方敬志)は、島南端
のカロリナス高地に追いつめられて玉砕。
南海の楽園は、次々と地獄へと変貌した。

 アメリカ軍は、占領したサイパン・
グアム・テニアン各島に飛行場を建設
し、180機ずつのB29を配備した。
統合司令部をグアム島に置き、第二十
航空団として日本本土空襲を準備した。

 1945年1月20日。グアム島の
第二十航空団の司令官に、「爆撃屋」
として知られていたカーティス・ルメイ
少将が着任した。ルメイは、B29の
大編隊をいかに有効に日本本土空襲に
あてるかに心血を注いだ。日本本土に
は十分な夜間戦闘機が配備されていない
事と、高射砲がレーダー管制に切り替え
られていない事を重視。夜間、低空に
よる焼夷弾空襲という戦法を編み出す
に至った。ルメイはB29から機関砲
を取り外させ、その重量分焼夷弾の量
を増やさせた。焼夷弾とは要するに、
火災を発生させ街の住民を無差別に
焼き殺す事を目的とした爆弾の事である。
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