原爆
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公開開始日:2011/02/28
最終更新日:2011/02/28 10:54

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原爆 第2章 2・B29
 B29は、機体の前後左右にプレキシ
ガラス製半球の銃座5基を構え、12・7
ミリ機関砲連装12門、20ミリ機関銃
1門を備えていた。さらに翼内燃料タンク
は厚いゴムや牛皮で守られ、機銃の命中弾
でも火を吹かないようになっていた。
ゆえにB29を撃墜するには、機銃の唯一
の死角である操縦席正面を射撃するという、
高度な空戦テクニックが必要だった。

 1944(昭和19)年6月15日が、
B29爆撃編隊の初陣だった。成都を
発した約80機は、7時間後に攻撃
目標の北九州・八幡地区の軍事施設と
軍需工場に対し、高度1万メートル
上空から爆撃した。これに対して日本
は、長崎の大村航空隊の陸軍二式複戦・
37ミリ機関砲で迎撃し、B29・7機
を撃墜した。

 しかし、こうした歴戦のパイロット達
による「曲芸」的戦果は稀なものだった。
11月に初めて関東地方に現れたB29
に対し、神奈川のさんまるふた三〇二航空
隊の戦闘機「雷電」は、1万メートルに
追いつく事すら出来なかった。次いで
11月24日の帝都(東京)初空襲に際して
は、110機のB29をただの1機も
撃墜出来なかった。B29の「高々度
精密爆撃」は翌年3月まで続けられる
が、効率が悪くB29本来の能力を
十分に発揮しているとはいえなかった。

 1944(昭和19)年6月6日。
ヨーロッパ戦線の連合軍総反攻「ノル
マンディー上陸作戦」に呼応して、
太平洋戦線では「マリアナ作戦」が開始
された。グアム・サイパン・テニアン島
占領作戦である。アメリカ軍兵力約7万
1千名。日本軍は第四十三師団(師団長・
斉藤義次郎中将)の2万8518名と、
中部太平洋方面艦隊(司令官・南雲忠一
中将)の1万5164名の、合計4万
3682名であった。
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