歴史エッセイ集「みちのく福袋」
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公開開始日:2011/02/26
最終更新日:2011/02/26 16:33

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歴史エッセイ集「みちのく福袋」 第1章 第1章・古樹
 染井吉野は、明治政府
が国策として全国の城跡
などに植林したもので、
遠く平安から江戸期に
かけて歌に詠まれた桜は
「山桜」だった。歌人たち
は、咲き匂う生命の輝きを
詠んだのである。「散る
桜」の美学の背景には、
日本国民を戦争に駆り
立てた政治家や軍人たち
の思惑が反映されている
のである。

 山桜の名所といえば、
奈良県吉野熊野国立公園
の一部である「吉野山」
だった。修験道の開祖と
されるえんのおずぬ役小角
(637~701)が、桜
の木に蔵王権現の像を彫り、
大峰山を開いた事から、桜
の木を御神木として愛護
したのがそもそもの始まり
だと言われている。全山
の桜は10万本とも言われ
ている。

「吉野山 花の盛りは
限りなく 青葉の奥も 
なおさかりにて」

と、平安末の歌人・西行は、
吉野の桜の輝きに圧倒され
ている様子が伝わってくる。

 西行は生涯に2度、奥州・
平泉(岩手県平泉町)の藤原
秀衡のもとに旅をしている。
当時の平泉は、人口約15
万人。京・鎌倉と並ぶ北の
都だった。中尊寺の金色堂
に象徴される黄金文化が、
満開の桜のように咲き誇って
いた。
 平泉から北上川を渡った
所に、牛の背にも似た標高
596メートルの、束稲山
(たばしねやま)という山が
ある。全山に1万本以上の
山桜が植林されていた。

「ききもせず 束稲山の
さくら花 吉野の外に 
かかるべしとは」

西行は、吉野山以外にも
このような桜の名所が
あった事に、感嘆した歌を
残している。

 西行はもともと、佐藤
義清という名の武士だった。
平清盛とほぼ同期である。
清盛は保元の乱・平治の乱
を勝ち抜いて頭角を現し、
自らは太政大臣に昇りつめ、
平家一門も隆盛を極める。
だが、風前のともし火
だった源氏が次々に挙兵
し、清盛死して4年後、
平家一門は壇ノ浦の海中へ
没したのである。

 さらに源頼朝は、奥州へ
出兵して平泉の藤原王国を
滅ぼし、鎌倉幕府を成立
させる。西行はその全てを
見届けた。まさに諸行
無常・諸業流転の、変転に
次ぐ変転の時代だった。

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