歴史エッセイ集「みちのく福袋」
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公開開始日:2011/02/26
最終更新日:2011/02/26 16:33

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歴史エッセイ集「みちのく福袋」 第3章 第3章・相馬黒光(こっこう)
 明治という時代は、数々
の制度改革と共に、堰き止め
られていた欧米文化が熱っ
ぽく押し寄せ、暖流と寒流
のぶつかり合う「潮目」の
ようになっていた。欧米文化
は「ハイカラ」であり、ある
種の崇拝をもって日本人に
迎えられた。
 黒光は13歳で洗礼を受けた。
当時キリスト教(耶蘇教)は
「邪宗門」と言われていたが、
彼女は宮城女学校から横浜の
フェリス和英女学校、東京・
麹町の明治女学校と、キリ
スト教系の学校へと進学する。

 黒光22歳の明治30年、
5歳年上の相馬愛蔵と結婚し、
3年後に長男誕生。東京帝国
大学正門前に、パン屋「中村屋」
を開業するのは、その翌年の
1901(明治34)年12月
30日の事である。

 1904(明治37)年2月
8日と言えば、日露戦争開戦
の日である。日本国民の関心は、
当然の事ながら大国ロシアとの
戦争の行方に向けられていた。
同じ頃黒光は、次女を出産した。
夫の愛蔵が築地で「シュー
クリーム」という西洋菓子を
買ってきたのも、そんな時だった。

「世の中にこんな旨いものが
あったのか!!!」

と、愛蔵も黒光も驚いた。

「このクリームを、パンの中
に入れたなら・・・」

 黒光の小さな閃きが、
「クリームパン」と「クリーム
入りワッフル」誕生につながって
ゆく。私はこのエピソードが
好きである。日露戦争は凡愚
の大将・乃木希典を英雄にし、
10万余の戦死者を出した。
日本海海戦で大勝利し、
「君死にたもうことなかれ」
という与謝野晶子の名詩が
生まれたが、総じて不毛な
ものである。ところが戦争
などに関係なく、食い物の
旨さに感動すると、次世代
へ受け継がれるクリームパン
のような名品が生まれるので
ある。

 木村屋の餡パンに続き、
中村屋のクリームパンは
ヒットした。そんな中、
税金問題から店の転居を
迫られる事態が発生した。
黒光は千駄ヶ谷から市電の
終点方面に狙いを定め、
支店の場所を探しまわった。
 豊多摩郡内藤新宿は、当時
場末の荒野だった。安手の
遊女屋が建ち並び、甲州街道
の荷車屋と一膳飯屋などが
あった。新宿駅東口は裏玄関
で、栗やみかんを戸板に並べて
売っている小さな果物屋が
あった。現在の「高野
フルーツパーラー」である。
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