歴史エッセイ集「みちのく福袋」
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公開開始日:2011/02/26
最終更新日:2011/02/26 16:33

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歴史エッセイ集「みちのく福袋」 第2章 第2章・国見八景
 芹沢は1895(明治28)
年に、静岡市本通り一丁目の
呉服卸小売商・大石角次郎の
次男として生まれた。幼い頃
から織物の絵柄に興味があり、
美術では梅原龍三郎、安井
曾太郎、岸田劉生、中川一政、
陶芸の冨本憲吉、バーナード・
リーチを好み、「白樺」を
愛読していた。

 1927(昭和2)年、芹沢
は朝鮮を旅して、朝鮮民族
美術館や慶州の仏国寺を
訪れた。この旅の途上、彼は
柳宗悦(やなぎむねよし)の
論文「工芸の道」を読み、
深く心を動かされた。以来
柳宗悦は、芹沢生涯の師に
なるのである。
 柳宗悦は芹沢より6歳年上
で、1889(明治22)年
3月21日、東京市麻布区
市兵衛町2―13に、海軍
少将・柳楢悦(ならよし)の
三男として生まれた。父の
楢悦は、幕末の頃、勝海舟
や榎本武揚らと共に、長崎
の海軍伝習所で造船・測量・
航海術やオランダ語を学んだ
人物だった。関流和算を学ぶ
一方、博物学や民俗学にも
熱心だった。

 麻布台の屋敷は、現在六本木
一丁目・アークヒルズ(地下鉄
南北線・六本木駅)近くにあった。
広い庭には、桃・栗・梨・葡萄・
銀杏・蜜柑・無花果・梅・椿・
茶・桑などの樹木が植えられ、
苺畑や温室、蓮池があったと
いう。趣味の料理の為の栽培
だった。また楢悦は、庭の一角
に「晩香亭」という庵を設け、
茶や書画を営むという、なか
なかの粋人でもあった。
 だが宗悦誕生の年、火災の為
蔵書や収蔵品を焼失。後の宗悦
を思うと、なんとも惜しい。
さらに3年後の1891(明治
24)年1月24日、楢悦は肺炎
の為あっけなく死んでしまう。
宗悦は父の事をほとんど憶えて
いなかった。
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